サウンドバム、ミャンマーへ

17-1-29 西村佳哲

サウンドバムは、1999〜2006年頃に絶賛取り組んでいたプロジェクトだ。パイオニア(Pioneer)の協賛を得ながら、参加者を募って世界各地へ「音の旅」に出かけていた。

#09 キューバ・バムより

その後の10年ほどは実質停止で、メンバーはめいめいの仕事に励んでいたが、宮田さん(という人がいるんです)から年末に突然連絡があり「ミャンマーへ行こう!」という。ミャンマーと言えば⋯なんだ? 決まると早いプロ集団で、しばらく止まっていたプロジェクトが急に再起動した。

サウンドバム #28
ミャンマーをめぐる音の旅・8日間

2017年3月16日(木)〜23(木)

詳しくはワイルドナビゲーションのページを。以下、ノリノリの解説を書きます。

ワイルドナビゲーションは、立教大出身の宮田義明さん(僕と同い歳)が始めた旅行会社だ。小さな代理店で、会うと日本の旅行業法がいかに○○○等の大手に厚く、小さなところをいじめるものになっているか教えてくれる。僕の周辺には、カヤックやトレッキング・ガイドなど、エコツーリズムの仕事をしている知り合いが多く、同じような話を彼らからも聞くし、そもそもフリーランスや自営業の存在をハナから考えていない日本の税制その他諸制度のあり方には、自分も大きな会社を辞めたのちいろいろ体験済みで、なんというか、話がそれました。

ワイルドナビは、極地をゆく旅のアレンジが得意分野。出会った頃宮田さんは「風の旅行社」という知る人ぞ知る小さな旅行会社にいて、ネパールへの旅をよくアレンジしていたと思う。あるいはウィルダネスへ。

ウィルダネス(Wilderness)とは、未開の地を指す言葉だ。アラスカの荒野、ユーコン川の畔、タスマニア、ヒマラヤやモンゴルの奥地。そういう「未開の地」への憧れが社会的に強かった時期が日本にもあった気がする。新潮社の雑誌「Mother Nature’s」の存在や、星野道夫さんが届けてくれた手紙のようなフォトエッセイの数々に、少なからぬ人たちが心を奪われていたときが。あの頃のみんなの気持ちの行方がここ十年ほど不明で、時々考える。

カナダのイエロー・ナイフへ、オーロラとその音を聴く旅。2002年頃。写真はたぶん坂本昇久さん。

宮田さんのツアーは評判がよくリピーターも多い。以前バムへ行った人たちの中には、その後もまた別の彼のツアーに参加している人が多い。人気の理由は、宮田さんの一貫した等身大ぶりにあると思う。話も行動も、盛らない人です。で、本人も旅の時間を楽しんでいる。

僕も彼のツアーでさまざまな土地を訪ねた。夏のモンゴル平原で、遠くから一時間くらいかけて草原を渡り歩いてくる人の姿を見ながら(遮るものがないのでずっと見える)馬が草を食む音を初めて聴いたり。ジャングルの奥の掘っ立て小屋で、近づいてくる雷を待ちながら森を眺めていたり。30代後半は、年に3〜4回そんな旅をしていた。

宮田さんと行ったエジプトのどこかの平原での皆既日食。皆既の数分間、地平線は360度朝焼けになり、空のまん中に漆黒の穴(月の影)があく。

ワイルドナビの定番メニューの中に「日食ツアー」というのがあり、これがまた面白い。日食には皆既日食と金環日食があり、前者がビールなら後者は麦茶である。もちろん皆既がいい。4回行った。問題は「その日のその数分間、現地が晴れているかどうかはわからない」ことだ。最初に行った冬のモンゴル平原は、その日みごとにぶ厚い曇り空で、マイケル・ジャクソンや立花隆はその上を飛ぶジェット機の窓から見ていたとか。

皆既日食には「エクリプス・ハンター」と呼ばれたり自称する人々が集まる。地球上の一ヶ所に(線状ですが)、世界中から十何万人の人がやって来る。

この現象が起きるタイミングは、計算可能だけど誰も決められないし、起こる場所も天体の位置関係で決まるので、この十何万人は、行くつもりもなければ初めて名前を聞くようなどこかの国の町や島に、その時期の仕事の忙しさとか、週末とか夏期休暇とか、いっさい関係なく天体の都合で駆り出される。

で、「俺なんでここにいるんだろ?」とか思いながら、いそいそと向かう感じがとてもいいんです。自分の価値観や趣味や思惑を越えた場所に、太陽と月が連れて行ってくれる。話がそれました。いやそれてないか。行くつもりもなかった(かもしれない)ミャンマーに行く機会が、なぜか到来していますよー。:-)
話を戻すと、僕は1997年頃(ちょうど20年前)日本に上陸したMSNの相談を受けて「サウンドエクスプローラ」というコンテンツの制作を行った。そしてプランナー兼ディレクターの特権を行使して、「サンセットとサンライズの音を録って回る2週間・世界一周の旅」に出かける。川崎義博さんという、フィールドレコーディングの達人と2人で。

クジラが集まるメキシコの半島で、川崎さんの後ろ姿。

川崎さんとはその少し前に出会っていた。彼は憧れの放送局「St.GIGA(セントギガ)」の中心メンバーの1人で、同じくギガでサウンドデザイナーをつとめていた西田ヨリ子さんに紹介してもらった。

「St.GIGA」はJ-WAVEを立ち上げた横井プロデューサーが「自分の最後の仕事」と言って取り組んだ放送局で、NO CM・NO TALK・Nonstop Music、つまり広告ナシ・喋りナシ、24時間365日ノンストップで、川崎さん等が世界各地で録ってきた自然音をミックスしながら、ハウスからワールドミュージックまで、世界中の音楽を複数のDJが延々とつないでゆくという、とにかく早すぎた存在。

地球は「音のある場所」で、その外にひろがる宇宙には音が無い。ジャズ評論家のJ.E.ベーレントが著した『世界は音/ナーダ・ブラフマー』というすごい本があるのけど、音=生命という視点から地球を捉え、音楽も自然音もすべて統合した「地球の音」を、静止軌道上の衛星から地上に落とすという、すごい放送局だった。

本人の言葉通り横井さんはこの仕事の半ばでお亡くなりになるのだが、伝説にはいろいろ事欠かない。テイ・トウワさんが24時間ノンストップで回した日もあったと思う。

St.GIGAは番組表の代わりのように、このタイドテーブルを配っていて、神宮前のスタジオにも同じ潮位表が貼られていた。「今日は何時頃に満潮で、5時間後に満月も昇ってくるから、そこに向けてあげてこう」みたいな言葉を交わしながら、DJが音をつないでゆく。いま聴きたい。

そのギガで、曲や音もつなぐし、森や山の奥でのフィールドレコーディングも担当していた川崎さんとの世界一周はすごい体験で、帰宅後1年ほど、僕は一切音楽を聴かなくなってしまった。窓を開けて、鳥の鳴き声や、通学路の子どもたちの声、風が樹を揺する葉音、そういう「すでにある」もので十分満足できて。

音楽は「音を楽しむ」と書く。そんな回路が自分の中に生まれてしまったわけだけど、この素敵な体験をもっと分かち合いたい! これは話して伝わるものではないので、実際に一緒に旅に出てみるのがいい。

生まれて初めて訪れる土地の街角で腰を下ろし、1分でも2分でも目を閉じてみると、自分がさまざまな音に囲まれていることに気づく。遠い音、近い音。立派な音、かわいい音。耳に届いていたのに、聴いていなかった無数の音。いろんなものが生きていて、それが音を伴って充ち満ちていることに気づく。真冬のアラスカの雪原でさえ、です。

この世界一周の前、僕は人生何度目かの海外旅行に出かけたとき、初めての時の鮮度が失われていることに気づいてガッカリしていた。でも、どうすればその鮮度を取り戻せるのかわからなくて。

ところが、カメラでなくレコーダーをポケットに入れて、それをスケッチブックのように携えて、旅先のところどころでちょっと耳を開いてみる旅のスタイルをとってみたところ⋯。いや「ちょっと」じゃないな。たとえば川崎さんとサンライズの音を録るときは、夜明け前の真っ暗な時間に宿を出て、たとえばミシシッピ川の畔にマイクを立ててそれから2〜3時間、ただ黙って音を聴いて過ごすことになる。世界が起きてくる(目を覚ましてその日一日の活動を始める)様子が、その2時間の中ですごくて。こんなスペクタクルが毎日くり返されているんだな、とこのとき初めて知った。

MSNのサウンドエクスプローラは、要は人の時間をよりパソコンに投入させるもので、制作している自分自身も必然的にその前にいる時間が多くなる。当時センソリウムの制作でインターネット漬けになっていた1990年代後半の自分としては「もう外に出たい!」という気持ちが強く、「世界に直に触れようぜ!」と思っていたところにパイオニアの岡田晴夫さんと出会う。

岡田さんとは、自由が丘のあるお店で開かれた彼のトークイベントにたまたま出かけて、お話を聞いて「うわっ」と思い終了後に話しかけた。彼はスタジオエンジニアであり(追って知るのだけど「PLASTICS」1stアルバムの録音エンジニアでもある)同時にフィールドレコーディングの仕事もなさっていて、好奇心が強く柔軟で、一緒に旅をしていると、とにかく癒される。

この出会いの何ヶ月かあとに、宮田・川崎・岡田・西村の組み合わせで「サウンドバム」という音の旅のプロジェクトが始まった。1999年だ。

今回「#28」という数字をみて驚いているのだけど、それから、そんなにたくさんの旅に出かけたんだな。録ってきた音を再編し、リビングワールドではCDを2枚つくった。(これいいですよ。眠れない夜とか布団の中で、世界旅行にゆける)
CD
Traveling with Sounds
Traveling with Sounds 2

*FLASHのバージョンが古くて試聴機能が切れている。ごめんなさい

さて、今回の「ミャンマー編」について。含まれる3連休に別の仕事があり、僕(西村)は参加することが出来ないのです。が、川崎・岡田は同行で(音のプロが二人⋯)、宮田さんも同行画策中。この3名との旅、スゴイですよ。

「キノコ博士と森に入ると、森がキノコの山になる」ようなもので、旅の経験って、誰と一緒に行くかが決定的だ。

ワイルドナビの紹介ページに、「鉄道の旅」という言葉がありますね。
ミャンマーの鉄道についてWikiで引いてみると、「線路状態が悪い為、速度は最高でも60km/h程度しか出せない。近年まで蒸気機関車も現役で使われていて、日本から多数の中古車両が輸出されている」と。これ、いいですよ! 以前ロシア東部を訪ねたサウンドバムでシベリア鉄道に何時間か乗ったのだけど、地形に合わせて鉄道の音が変わってゆく。一定の高速度で走らない、古い車両の音の旅はいいんだ。鉄橋を越えたり、踏切を通りすぎたり。窓の外眺めながら、お喋りもせず音を録っている時間はたぶん本当に豊かで、帰宅してからはその音源が素敵なマイギフトに。長尺のチルアウト音源として、デスクワークを支えてくれるだろう。

あと古都の工房(いいなあ。既に音が聴こえてくる⋯)を訪ねたり、寺院を回るわけでしょ。くそー、俺が行きたい! でも帰って来てから開催される「音の報告会」(サウンドバムでは定番)でいろいろ聴かせてもらうことにします。部屋を真っ暗にして。

早割の申込み期間が2/7(火)までだそうなので、慌てて解説ページを書きました。ミャンマーは行ったことないので、僕は旅から帰った友人が口を揃えて「いま行ってよかった。まだあまり観光化されていないくて」という言葉が気になる。行くなら今のうちか。
なんであれ、サウンドバムはいいですよ。心から薦めます。音の旅へ出かけてみてください。

サウンドバム #28
ミャンマーをめぐる音の旅・8日間

2017年3月16日(木)〜23(木)

by LW 2017/1/29

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