雑誌「ECIFFO」vol.42 への寄稿

再編をむかえる国内のワークプレイス
西村佳哲(2003年冬)

with/齋藤敦子(コクヨ オフィスシステム)、仲隆介(京都工芸繊維大学)、馬場正尊(A activity)


オフィスコストの削減は、いまや企業経営に欠かせない重要な課題だ。アンダーセン・ワールドワイドは1995年、世界73カ国にひろがる730のオフィスについて不動産のポートフォリオを作成、その15%にあたる60億円のコスト削減を実現した。ル−セント・テクノロジーの場合、1996年当時の総収益は2兆1400億円。うち約6%・年間1200億円におよぶファシリティコストを半分におさえるべく、徹底的な見直しを進めたという。米国のファシリティマネジメント(以下FM)分野では、総収益に占めるファシリティコストの割合が3%から3.5%に位置する企業を優良と見なすそうだ。通信技術が人々の仕事を本格的に支援するようになり、追随する形で年俸制の導入など従来の評価制度が再構築されてゆく中、オフィスは常時在席を前提とした就労空間ではなくなりつつある。フリーアドレスやノンテリトリアルといった非固定席のプランニング手法は、今や国内の多くの企業の検討課題だ。

むろんフリーアドレスの導入には、成功例と失敗例が同時に存在する。それは、どのように失敗するのか。ひとつの例は、単なるコスト削減に終始してしまうケース。見直しと同時に組織の活性化が探られるべきところで、一種のスペース節約に終わり、あらたに生まれる負担はワーカーにまわってしまうことがある。導入の号令がトップダウンで行われるプロセスにも、失敗の要因が含まれている。フリーアドレス化はワーカーに、ワークスタイルの抜本的な見直しを求めるシステムだ。自分たち自身の言葉で話し合い、イメージを重ねることで、本来新しいワークスタイルは地に足のついたものとなる。にも関わらず、なんのために行うのかといった目的意識が共有されないまま押し進められるオフィス改革は、働く意欲にマイナスの作用を及ぼしかねない。確かに日本企業の多くは、オフィスコストを見直さざるを得ない状況をむかえているだろう。しかし危機は、再構築の機会でもある。マネジメントスタイルや、ワークスタイルの改革。従来のコミュニケーションや情報共有を支えてきた「空間」にかわる、新しい情報環境への投資。これらの手を打つ機会でもあるのだ。フリーアドレス化の成功例において、コスト削減は目的でなく手段である。


IBMビジネスコンサルティング サービス(以下IBM BCS)の事例を見てみよう。同社は、日本IBMのBIS(ビジネス・インテグレーション・サービス)部門と、PwC コンサンルティングの統合により、2002年10月に誕生した会社だ。現在、東京・丸の内ビルの2.5フロアーを使用する就労人数は約2,500人。コンサルタントの席数は、その約2割しかない。

午前10時に訪れた彼らのオフィスに、席数減による過密性はまったく感じられない。IBM BCSのワークスタイルは、PwCで展開された企業改革の流れをくんでいる。コンセプトは「情報の共有化」だ。企業の知的資源は個々人のノウハウ、あるいは紙媒体に蓄積されており、その状態では共有化が難しい。多くのオフィスで見られるこの状況は、1990年代初期のPwCにおいても同様だった。情報を必要とする人が必要に応じて自由に活用することで、企業の知的価値を最大化すること。そのための同社における改革は多岐に渡ったという(そのプロセスは現会長・倉重英樹氏の著書「企業大改造への決断」に詳しい)。中でも重要な柱は、新しい情報システムの構築にあった。情報を本格的に共有するにはデジタル化が欠かせない。また徹底的に行われない限り、その効果は発揮されない。これには莫大なIT投資が必要だが、それをなにから得るか。オフィスの賃借コストを削減することでその余剰分をITインフラの整備に投資し、同時にペーパーレスやワークスタイル変革を進めるという合わせ技が、彼らの戦略となった。

現在社員1人当たりのオフィス床面積は、日本企業の一般平均値16.0Fに対し2.5F。紙資料は800cmに対し16cm。彼ら自身の数値比較によれば、月間の紙使用量は1993年当時1,600枚であったが、一連の改革を通じ2000年時点で80枚と約95%の削減を実現している。しかしこれらの数値は結果でしかない。大事な点はあくまで先の「情報の共有化」にある。フリーアドレス化もペーパーレス化もある意味では手段でしかなく、輝かしい達成数値は一種のバロメーターに過ぎない。


広がるワークプレイス/Out of Center Office

IBM BCSは、彼らのワークプレイスを5つのコンポーネントに分類している。中心にあるコア部分は丸ビルのオフィス。そのまわりをクライアントサイトが囲む。コンサルティング・ファームには、課題を持ち帰り検討するタイプと、クライアントサイトで一緒に考えるタイプがあるが、IBM BCSは後者だ。ビジネスコンサルタントとして、企業の基幹情報システムを取り扱う彼らの業態では、最終的にクライアント社内に専用のプロジェクトルームが設置されることが多い。IBM BCSの高度なフリーアドレス化には、このような特殊性も関係している。

外縁部のコンポーネントは自宅だ。事業の目的と評価尺度が比較的安定している同社の業務は、それを行う場を規定しない。実際、ミーティングと事務作業以外の目的では、オフィスに通勤する意味はほぼないという。かといって、人と人の対面によるコミュニケーションを軽視しているわけではなく、丸の内のオフィスには少人数でアドホックなミーティングを行うためのブースが積極的に用意されている。「三人寄れば文殊の知恵」は、彼らのナレッジマネジメントを語るうえで核となるコンセプトだ。

残ったコンポーネントの一つはサテライト。有楽町の研修センターや情報システム部門は、あえて丸ビルの本社オフィスと別の場所に構えている。今後プロジェクト単位のスペースが必要となった場合も、それらは本社オフィスの外側にサテライトとして設けられる。唯一地方に構えられた大阪オフィスも、サテライトのひとつだ。そしてもう一つがオンデマンドと呼ばれる領域。ここには、社内の会議室で収容しきれない大人数のイベントに利用する外部のレンタル会議室と、ホットスポットやネットカフェなど、街中にひろがるテンポラリーなワークプレイスが位置づけられている。すべてのワーカーがノートPCを持ち、ネットワーク上のサーバーであらゆる情報を共有する彼らにとって、通信回線を確保できる場はどこでも仕事場だ。これまでは支給されたPHSによる最大64Kの通信速度が上限だったが、ホットスポットの法人契約により、これまで以上に積極的にどこでも仕事をこなせるようになる。現在キャリアの選考中で、同時にネットカフェや短時間利用のできるレンタルオフィスの活用も検討しているという。
短時間利用が可能な街中のワークプレイスには、インターネットカフェやKinko'sのPCブースの他、Regusのように中期利用も可能なレンタルオフィスなどがある。問題はどれもまだ面的な広がりを十分に持ち得ていないことだ。たとえばDESK@(デスカット)のサービス利用者は増加しているが、事業としては実験段階にあり、サイトも新橋・東京駅・大手町の3カ所に限られている。


外部のレンタルオフィスをワークプレイスとして積極的に取り入れている会社の一つに、日本ヒューレット・パッカード(以下日本HP)がある。2002年11月にコンパックコンピュータと合併した同社のオフィスは、現在全国に大小合わせて約70カ所。東京地区には、新本社である天王洲に加え、市ヶ谷・荻窪・高井戸・府中・八王子などの主要拠点をもつ。フリーアドレスおよびフレックスワークの手法を取り入れている同社では、モバイルワーカーの場合、どこで働くかは個人の裁量に委ねられている。各オフィスには、フリーアドレス席およびタッチダウンスペースが用意されており、モバイルワーカーと出張者が利用している。特にセールス・マーケティング・サービス部門におけるシェアドスペース対ワーカー比率は、1:3にまで高められている。

この背景には、グローバルなガイドラインが存在する。米国・パロアルトの本社から発行されるガイドラインは、世界の各リージョンからも代表者が参加して作成されている。同社のオフィス革新プログラムは、1990年代後半に展開されたFAW(Future at Work)に始まった。1997年から2000年に実施された第二段階のNGW(Next Generation Workplace)は、全社的な横断プログラムとして施行され、シェアリング比率と空間利用効率を飛躍的に促進。ワーカー一人一人の総合的なワーク環境の改善により、カルチャーや行動の変革を促し、「どこに居るかではなく何をするか」が重要であることを強調した。現在一連のプログラムは、第三段階のPWE(Personal Work Environment)にある。従業員は、首都圏に分散する主要オフィス、サテライトオフィス、外部のレンタルオフィスなどで構成される面的な広がりの中、生産性を最大限に高めるべくスペース/テクノロジー/サービスを選択・活用し、業務目標を達成する。PWEは、従業員のワークスタイルにより良くマッチする執務環境を創り出すための、体系的なアプローチである。


IBM ビジネスコンサルティング サービスでも日本ヒューレット・パッカードでも、オフィス空間は魅力的なデザインを有しているが、それ以上にワーカーの活動、つまり「仕事」に重きが置かれている。徹底した成果評価制度を導入し、ワーカーの選ぶ空間が自分たちのワークプレイスであると考えている。現在IBM BCSは、丸の内をより強力なビジネスエリアにすべく、複数の企業との検討作業も進めている。24万人が働く丸の内は、同社の主要クライアントの約2/3が本社を構えるエリアでもある。彼らは、丸の内の企業やその従業員達がより快適にビジネスを行なうための様々な地域サービスとそれを支える情報インフラを用意することで、企業の競争力を地域的に引き上げようとしている。彼らにとってワークプレイスとは、都市に遍在する様々な空間であり、さらにオフィスビルという枠組みを越えてみずから街の中につくり出してゆくものなのだ。


オフィスとして使われる都市

しかしこうした整備はまだ一部の先進企業における実験的な取り組みであり、決して一般的ではない。にも関わらず、企業のフリーアドレス化は進みつつある。このギャップはどのように埋められているのだろう。
都市の随所をワークプレイスにする基盤技術は、まずインターネットを含む通信技術だ。それこそ回線と電源が確保できれば、ちょっとした資料の作成や、調べもの、メールチェックなどの個人作業は可能である。クライアントが入居するビルのパブリックスペースを、あるいは駅のベンチを、街角のカフェや、時にはインターネットカフェやマンガ喫茶を利用しているワーカーもいることだろう。実際そうした姿は頻繁に見かけられるようになった。

今号で紹介されているNY CITY WIRELESS NETと同じような事例が、京都に存在する。みあこネットプロジェクト(www.miako.net)は、2002年5月に発足した公衆無線ネット接続実験。NPO法人の日本サスティナブルコミュニティセンター(SCCJ)を中心に、京都大学や京都高度技術研究所を含む、複数のボランティアによって運営されている。京都市内のアクセスポイント数は約150カ所、登録者数は2,000人。実際の利用者数は約1/10と少ないが、これはモバイルワークを必要とするワーカーが京都に少ないことに加え、同システムの高度なセキュリティが足かせになっていたようだ。Yahoo! BBモバイルやNTTコミュニケーションのHOTSPOTなど、カフェや公共空間への無線LAN導入が進む一方、そのセキュリティ面の脆弱さが指摘されている。みあこネットではMIS方式と呼ばれる接続技術を採用。アカウントも個別発行し、非常に高いセキュリティレベルを実現してきたが、専用ドライバーのインストールなど設定作業の複雑さがハードルとなっていた。今後はこの負荷を下げる方向で、検討を進めているという。


東京・丸の内、東京商工会議所ビルの1階に、2002年6月からTOKYO SPRingというビジネス支援ライブラリーが公開されている。これは東京都の委託によるパイロット事業。高度な情報アクセス環境と、起業・創業などに関するコンサルティングサービスを提供する空間だ。無線LANの設置はまだ検討段階にあり、持ち込んだPCによるブロードバンド接続は出来ない。が、日経テレコンや朝日DNA、ブルームバークなど、6種類の商用オンラインデータベースが無料で使用できる。インターネットへの接続端末も用意され、400冊ほどのビジネス書と新着雑誌や新聞各紙のほか、同ビル地下2階にある東京商工会議所経済資料センターの蔵書14万冊も併せて利用できる。諸外国にくらべて、日本では起業・創業件数の少なさがよく指摘される。背景には個人投資家層の薄さもあるが、高度成長期の国策が社会資本の多くを企業に集中させたため、個人のビジネスを支援する社会的な整備がまったくなされていないという実情がある。東京都産業労働局ではこうした情報格差を是正し機会均等をおし進めるべく、ECIFFO・30号でも紹介されたニューヨーク公共図書館・SIBL(Science, Industry and Business Library)などの事例を参考に、ビジネス支援の拠点づくりを画策した。その第一弾がTOKYO SPRingである。むろん、企業勤めのワーカーも等しく利用できる。

TOKYO SPRingで特筆すべき点は、従量課金制の商用データベースを無償で提供していること。またこれに加えて行われる、カウンターを介した人的な情報支援にある。具体的にはビジネスプランの作成や資金調達、新規市場分野における情報収集などをめぐるビジネスアドバイザーによるコンサルティングと、東京都立中央図書館(港区・有栖川公園)のリファレンス・サービス(司書サービス)の遠隔利用だ。同図書館のリファレンス・サービスは、多くの図書館が貸出に機能特化している中、積極的にリファレンス機能を拡張してきた貴重な公共資産だ。図書館側のスタッフは57名。蔵書や雑誌・新聞、場合によっては外部情報資源(データベースやウェブサイトなど)からも情報を集め、コピーにまとめて提供してくれる。TOKYO SPRingでは、今後もこうした情報提供の機能を高めていくそうだ。あらゆる機能を企業が自らのうちに抱え込むのではなく、社会に、あるいは都市に分散させ互いに活かし合う。インターネットの分散構造にも似た、こうした社会的な情報の共有化は、都市の活性化にもつながるだろう。


しかし仕事は、調べものや資料まとめのような個人作業だけではない。あらゆる仕事には、他者との相互作用を含むグループワークの側面がある。そしてそのための環境が、通信技術だけで満たされることは、多くの場合まずあり得ない。いつでも・どこでも働ける時代の本社オフィスは、これまで以上にコミュニケーションのための機能を求められるようになるだろう。しかし、エグゼクティブのためのレセプション機能はともかく、一般のワーカーにとって豊かなコミュニケーション機能を持つオフィスはまだ少ないように思われる。会議室は単様で、しかも慢性的に不足しているといった状況が、大半のオフィスで同じように見られるのではないだろうか。複数名によるミーティングやディスカッション、あるいはブレイン・ストーミングにも耐えるワークプレイスは、都市の中にどのように生まれつつあるのだろう。


Tully's Coffeeの横浜ランドマークタワー店には、無料のカンファレンスルームがある。ビジネスピープルの利用が多く、おもに社内・社外の打合せに利用されているほか、アフターファイブの英会話教室、学生によるグループでの勉強などにも利用されているという。同チェーンでは横浜のほか、丸ノ内、本厚木、天王洲にもこのような空間を用意しているという。カフェ+会議室という新しい価値・スタイルの提案が、その企画意図だそうだ。米国における同チェーンでの事例はまだ2店舗だというから、日本で成長をはじめつつある新しいサービスメニューと言えるかもしれない。ランドマークタワー店カンファレンスルームの家具はアメリカのアンティーク。いわゆるオフィスの執務空間では味わえない雰囲気の中で、心地よくミーティングが行えるよう工夫されている。コンビニエンスストアが単なる24時間経営のスーパーマーケットではなく、コピーや宅配便サービス、各種料金の支払窓口といった生活支援機能を拡充し都市の新しい結節点となっていったように、カフェも休憩や飲食にとどまらないあたらしい情報環境に成長してゆく可能性がある。そもそもカフェは情報交換の場として生まれ、育ってきた歴史を持つ。そうした背景からすれば、成熟した一部のカフェ・チェーンからこのような動きが生まれてくるのは当然の成り行きかもしれない。Tully's Coffeeではカンファレンスルームのほか、無線LANや、ライブラリースペース、チャイルドスペースなども展開しているという。シナジー効果を図り、自動車メーカーのショールームなどとの共同店舗も展開している。


名古屋駅のJRセントラルタワーズは、オフィス棟とホテル棟の二つを上部にいだく複合商業施設だ。各棟に分かれる手前、12・13階の飲食フロアーの一角にライブラリーカフェ・カトルがある。ライブラリーの名のとおり店内には本棚が配置され、100誌を越える国内外の雑誌が並ぶ。各テーブルにはコンセントが用意され、持ち込まれたPCや店で貸し出しているポータブルDVDの利用が可能。ベンチシートやカウンター席、数人で使用するソファー席や、インターネットの端末を利用する人のためのブースなど、店内には様々なセッティングが用意されている。新幹線の待ち時間にタッチダウンとして利用するビジネスピープルのほか、複数名のミーティングも多く見かけられるという。JRセントラルタワーズには約5,000人のビジネスピープルが働いており、彼らによるビジネス利用は当初から想定していたそうだ。打合せに応じて選べる空間配置や、ゆとりのあるテーブル面積。手元に適切な光量が与えられる照明計画など。むろんオフィス棟に入居している企業は、それぞれ自社内にミーティングルームを持っている。が、役員専用でワーカーの多くは使用できないファシリティが空間を占めていたり、そもそも数が十分にないといった実情もある。オフィスの画一的な空間を離れ、美味しいコーヒーを飲みながら気分を変えてミーティングを行いたいという需要も多いようだ。複数名からなるグループが、離合集散をくり返しながら働いてゆく時、必要となるのは「離」をささえる通信技術であり、「合」をささえるコミュニケーションの場ではないだろうか。


ワークプレイスはなぜ再編されるのか

高度に自律的なワーカーが、通信技術を基盤に情報を共有し、ひとつの決まった場所に拘束されることなく働きはじめる。そしてこれまでオフィスであった場所、あるいはオフィスでなかった場所の価値が問い直され、都市全体に新たなワークプレイスが再編される。ECIFFO 41・42号全体のテーマは、オフィスという空間の枠組みを越えたワークプレイスのひろがりを示すことにある。では、なぜこうした動きが起こるのだろう。先にIBM BCSや日本HPの事例をあげた。彼らは一種の特殊解として感じられたかもしれない。ひとつには外資という文化的な違いもあるだろう。しかしそれ以上に大きいのは、組織の成長段階と事業領域の絞り込まれ方にないだろうか。彼らは競争力の強化を目的として、フリーアドレス化を含む様々な方法の試行錯誤を重ねている。が、中小企業を含む多くの日本企業は、彼らのように機能特化した競争力を高める以前の段階。つまり、どのようにビジネスを推し進めるかという「HOW」ではなく、なにをビジネス化するかという「WHAT」の段階に立ち戻らざるを得ない状況を、むかえてはいないだろうか。

約10年前までの日本では、なにをつくればよいかが比較的自明だった。単純化すれば、車や家電をシンボルとする工業生産で成長を重ねてきたわけだが、市場は飽和し、生産機能は中国や韓国などのアジア勢に追い越されつつある。ある決まった類の商品を、よりよい品質でつくることで自らをアイデンティファイできた時代は終わりつつある。それらは希少価値の高い工芸品的存在として一部存命するかもしれないが、多くの企業はあたらしいフィールドを探さざるを得ないだろう。私たちはあたらしいWHAT、なにをつくればいいのかを探し出さなければならない状況をむかえている。しかしそのためのトレーニングを、社会として積んできていないように思う。経済学者のパレートが提唱した「20%=80%の法則」という社会定理がある。これは重要な20%の中に、常に80%の成果が含まれているというものだ。たとえば、新しいプロジェクトに取り組むにあたって読むべき10冊の本があるとしたら、そのうち重要な2冊を読むことで8割の目標が達成される。10人が参加したミーティングにおいて、そのうちの2人が全体の8割の発言を行う。この法則を図におきかえてみよう。左から右へ時間が推移し、下から上に完成度が上がってゆくとする。パレートの法則は、最初の2割の時間で急上昇し、残りの8割の時間でゆっくり完成度を高める放物線として描くことができる。なにか新しいスポーツを始めた時を思い出すと分かりやすいかもしれない。わずか数時間で劇的に上達するが、やがて壁に突き当たり、その先はわずかな上達に長い時間の投資を必要とする。

先述のIBM ビジネスコンサルティング サービスや日本ヒューレット・パッカードは、競争力を強化するために様々なチューンナップを重ねている。これらの組織は、図でいえばおもに最後の2割の完成度を高める側にその重心を置いていると思う。なにを自分たちのビジネスの核とするかは明確に整理され、個別の案件・個別の市場に応じた方法の洗練に力を集約している段階だ。しかし先に触れたとおり、企業はルーティンワークにおける収益率の向上と同時に、あたらしいビジネスを模索しなければいけない。欧米キャッチアップ型で成長してきた日本のモノづくりは、非常に単純な表現をするとこの放物線の途中、WHATからHOWへの推移点あたりから成長をはじめたきらいがある。なにを(WHAT)つくればいいかというイメージやビジョンをみずからつくり出す必要はなく、それは海外の先進事例として用意されていなかったか。結果として、私たちの社会は生産性や品質を高めることには長けているが、まったく新規に独創的なものをつくり出す能力を育む機会を逸しているように思う。戦後の教育もそれを増長させた。

再編されるワークプレイスとは、本社ビルのオフィスと自宅の間に空間的に広がる、様々な都市のワークプレイスだけを指すのではない。そもそも、なぜワークプレイスは再編されるのだろう。空間的な広がりだけでなく、私たちがこれから手がけようとしているビジネスの在り方が、時間的にも従来のそれと異なる広がりを持たざるを得なくなっていることが重要な点ではないだろうか。新しいアイデアとは、既にあるモノゴトの新しい組み合わせである。その創出には、従来の組織の枠組みを越えた新しい組み合わせを持つグループや、そのグループを育む環境が必要だ。Tully's Coffeeのカンファレンスルームやカトルを利用するグループミーティングは、ちょっと気分を変えるべく開かれている社内のルーティンワークかもしれないし、あるいは単にミーティングルームが不足しているといった側面もあるかもしれない。が、これらの動きの背景には、従来のオフィスの単様さに収まりがたい動きを、企業がそれぞれのうちに内包しはじめていることもあるのではないだろうか。


プロジェクトは成長する

組織は成長する。パレートの理論を借りれば、その理想的な放物線は先に示したグラフのようになる。新しい組み合わせとして生まれたプロジェクトは、短期間で急激に成長し、費用のかかる段階から利益を生み出す段階へ移行する。もちろんアイデアとして優れ、さらにその成長を上手くドライブできた場合の話だ。


リンクアンドモチベーション(以下LMI)は、2000年に設立された、企業変革を支援するコンサルティングファーム。働く人ひとりひとりのモチベーションこそ企業競争力を左右する最大の資産であるというビジョンのもと、それを育み最大化するソフトなエンジニアリング・サービスを提供し、急成長を続けている。2002年の売上げは、初年度の5倍を超える18.2億円。2003年も20%強の成長が見込まれているという。LMIはスタッフの増員とともにオフィスを移し、デザインも一新した。カジュアルなコミュニケーションのためのバーカウンターのようなミーティングルーム、相手との距離や角度を調整しやすい卵型のテーブルを持つミーティングルームなど、内容に応じた使い分けのできる様々な空間をしつらえている。

2001年度のニューオフィス推進賞・経済産業大臣賞を受賞したこのオフィスは、同社のプレゼンテーション・ツールとしても実によく機能しているようだ。が、彼らのオフィスプランニングの本懐は、むしろ組織の成長段階を明確にとらえ、それに応じた様々な工夫を重ねてきたプロセス管理にあるように思う。LMIは組織の成長を4つの段階に整理して捉えており、現段階は拡大期/多様期にあたるという。LMIではその事業内容のとおり、自らの組織においてもモチベーションが最大の資産であると考え、価値観を共有するためのコミュニケーション・チャネルの確保を、常に重要視している。創設時、スタッフがまだ数名の段階では、互いのコミュニケーションもごく自然に維持されるが、人員が増えてゆく過程においてコミュニケーション・チャネルは複雑化し、あたらしい結節点の用意が空間的にも必要となる。成長期の組織の特徴の一つは新人スタッフが多いことであり、既存スタッフも新人に対しては新人だ。つまり、ある意味では創設時にも増してコミュニケーションが必要であるにもかかわらず、空間は事業単位で分断され始めやすい。LMIではこの段階にあえて日本の古い組織に見られるような田の字型のデスク配置と、窓を背にした事業責任者席をとっている。これによって、事業の中心人物を空間的にも明示し、組織の結節点を確かなものとした。結節点は、事業責任者の空間的な位置づけの他にも、ブレティンボードやメッセージウォールなど、様々な工夫を重ねることで形づくられている。この小さな工夫を無数に重ねるという部分に、モチベーションの本質を捉えようとする同社の一貫した姿勢が現れている。フリーアドレス制度や、コラボレーションルームといった制度をお題目のように導入しても、そのままでは機能しない。組織をドライブさせるためには、微に入り細に入った日々のメンテナンスが必要だ。実空間からメールまで、様々なチャンネルを活かしたコミュニケーションの積み重ねによりビジョンが共有され、ひとりひとりが自分の言葉で会社としての判断を行なえるようになる。

多様期にさしかかったLMIは今後、機能別のオフィスレイアウトへの移行を視野に入れているという。組織を中心としたレイアウトから、機能を軸とした空間配置にシフトするというのだ。LMIの現在の重心は、先のグラフでいえばWHATからHOWへの移行期にあたると思う。WHATの段階は、初期に戻るほど人に立脚している。そしてHOW側への成長が深まるほど、システムに支えられる度合いが強くなる。


WHATの段階を支え、新しい組み合わせをつくり出すワークプレイスのサンプルとして、ほかにどのような試みがあるだろう。昨年12月、丸ビルの7階に東京21Cクラブという空間が生まれた。三菱地所が運営する非営利のクラブ・ソサエティだ。目的はニュービジネスの創出。テーマは日本再生。若手ビジネスピープルを中心に、企業という枠組みを越えて新しい出会いや組み合わせを生み出すような、インキュベータとしての場づくりを目指している。セミナー&コラボレーションエリアは自由なテーブル配置とパーテーションの組み合わせで、個人の仕事や小さなミーティングにも、中規模のセミナーやカンファレンスにも対応する。一角にはバーもあり、ラウンジシートで軽い飲食も楽しむことができる。奥には趣を変えたいくつかのミーティングルームが用意され、会員であればその一部を無料で使用できる。現在の会員数は約200名。第一期募集は終了し、現在はその運用に力を集中させている。まだ生まれたばかりの場だ。東京駅の正面。ビジネスでも文化でも、あらゆる面で一等地といえるこの場所に非営利の空間をつくるにあたって、三菱地所内でも様々なディスカッションが交わされたという。次代を担う起業家予備軍の交流クラブを育み、ひいては丸の内の求心力につないでゆこうという考えだ。若い会員達に起業のヒントを提供すべく、各分野のビジネスリーダーもボランティアで参加している。取材を行った日は一橋大学の教授によるレクチャーがひらかれ、終了後は懇談会がもたれていた。

あたらしいビジネスは、あたらしい方法で探さざるを得ない。しかし現在の東京21Cクラブは若干猥雑さに欠け、新しいなにかが生まれる結節点としては従来のクラブイメージにとらわれすぎているかもしれない。しかしこの場は生まれてまだ1ヶ月ばかりだ。会員達から出される要望やビジョンをもとに、場としての成長をおのずと深めてゆくことだろう。


日本における「仕事」は、その大半を企業に集中させることで成長してきたが、その在り方は国や文化によって大きく異なる。ワークプレイスの再編は空間や時間だけでなく、社会における仕事の在り方も含みつつ進むことだろう。たとえばNPOやNGO、ボランティアといった活動の中にも、これからの「仕事」の萌芽が含まれているはずだ。いわゆるビジネスの環境からすこし視点を移し、その外側を眺めてみたい。

1/16の夜、せんだいメディアテーク(以下SMT)の7階で「共有のデザインを考える」というテーマの集いが開かれていた。外部のジャーナリストをコーディネーターにむかえた全6回のシリーズの第5回目。会場には市民や学生、ビジネスピープルなど約40名のオーディエンスが集まり、後半の質疑応答の時間には質問だけでなく自由なコメントが差し挟まれ、ゲスト講師もそれを受けて再考しお互いに新しい認識を手に入れ合う。開かれた学びの場が、そこに立ち現れていた。

せんだいメディアテークは、市民ギャラリー・図書館・映像メディアセンター・視聴覚障害者のための情報提供施設などの機能を併せ持つ、複合芸術文化施設として構想された。オープンは2001年1月。核となる施設は3階に位置する図書館だが、人々のSMTに対する印象はより曖昧な広がりを持つ。「調べる」「本を借りる」といったいわゆる図書館機能のほかに、複数のギャラリースペースや、レンタル利用できる会議室、ショップやカフェを併せ持つSMTの位置づけは多義的だ。この施設の特徴は、良い意味でも悪い意味でもその曖昧さにある。建築としては、内部を隔てる壁面が極端に少なく、ここは何をするための空間といった定義づけをあえて弱めている。エレベーターシャフトを兼ねる編み込まれたチューブのような構造体は各階を貫き、上下方向の空間も視覚的につないでいる。SMTでは、行政がサービスしそれを市民が享受する、という関係性も曖昧だ。先の「共有のデザイン」はまさにその点をテーマとしたシンポジウムで、この場をどう活かしなにをつくり出してゆくのかを、行政サイドと市民サイドの両方で共に考えるためのワークショップ的な場であった。こうした活動の中心を担っているのは同施設の企画活動支援室であり、SMTをめぐる様々なプロジェクトのファシリテーターとして動いている。関与する人々のポジションにもいい意味で曖昧さがあり、外部スタッフであるにも関わらずSMTを拠点のひとつに仕事を展開している人や、内部スタッフであるにも関わらず外部のグループと個人的な協働を重ねている人が混ざりあっている。まさに波打ち際の多様な生物層が観察できるような空間だ。

SMTのコンセプトブックには、「せんだいメディアテークは端末ではなく結節点である」という言葉が書かれている。多くの図書館のようにビジネスピープルの生活動線から離れた住宅地の奥ではなく、仙台市の中央に位置するこの文化施設の閉館時間は夜10時(図書館は8時)。1階のカフェには常に様々な人が立ち寄り、小さなミーティングを交わしている。3階の図書館でも、窓際のベンチに腰掛けて大通りを見下ろしながら、本も読まずに延々と世間話をしているご婦人方の姿も見受けられた。結節点としての機能はまっとうされているようだ。いくつかの触媒があらたに加わることで、あたらしい「仕事」がプロジェクトとして生まれはじめることだろう。


Work PlaceからMeeting Placeへ

あたらしいWHAT、つまり新しいアイデアとは、既にあるモノゴトの新しい組み合わせであると先に書いた。この組み合わせをつくり出すべく、企業内では部門間の垣根を越えたタスクチームが無数に生まれ、また消滅している。同様に、社内に限らず、そのソースを外部に求める動きも活発化してきた。各社において、外部スタッフを含む新規プロジェクトの件数は、以前にくらべ格段に増えているはずだ。

森ビルによる六本木ヒルズのゲートに相当する、旧日産ビル1階のNEW TOKYO LIFE STYLE ROPPONGI THINK ZONEは、ギャラリーとカフェ、ブックショップからなる複合施設。六本木ヒルズのプレゼンテーションと、メインタワー最上階につくられる森アートミュージアムに向けて文化的な求心力を持たせるべく、森ビルが用意した空間だ。その中程に、Teというラウンジタイプのカフェがあり、多くのワーカーがここをコミュニケーションの拠点として利用している。ひとつの空間の中に、テーブル席やミーティングルーム、ラウンジシートなど様々なしつらえが用意され、コミュニケーションの内容に応じた使い分けが可能だ。WHATを探すプロジェクトワークの特徴は、短期間の劇的な成長にあり、そこには様々な種類のミーティングが混在する。プロジェクトとして生まれる前に交わされるヒヤリングから、キックオフ・ミーティング、ブレイン・ストーミング、インタビュー、分科会....等々。こうした様々なシチュエーションに対し、これまでの企業の会議室はあまりに単様だ。

Teの空間には、プロジェクトの成長を支えるしつらえが、ごく自然に配されていることを強く感じる。この「自然に」という点は、とても重要ではないか。企業内であたらしい場づくりが進められる時、企画書に書かれた文言を設計図がわりに、コラボレーションルームなどの名前があてがわれることがある。しかし、コラボレーションルームと名付けられた場所で、本当にコラボレーションが生まれるだろうか? 人が力を発揮する時はどのような時か思い出してみたい。「〜だから」ではなく、「〜にも関わらず」わき起こるのが主体的な力である。評判になったプロジェクトにはその草創期に、立ち話で始まったとか駅のホームで延々とやり合ったとか、「〜にも関わらず」発揮された主体的なコラボレーションの記憶がある。生まれたばかりのプロジェクトは、空間やシステムではなく、人に依存する部分が大きい。コラボレーションルームのようなお膳立ては、ラブホテルのスペシャルルームにも似た悪い冗談と言えなくもない。新しい取り組みに対する個々の主体性を促すには、付加されるサービスというより、むしろコミュニケーションの障害を取り除くバリアフリー的な考え方が必要だろう。

Teのデザインと運営は、IDEEという家具メーカーが手がけている。青山に本社を構えるIDEEは、家具メーカーの領域を越えた様々な活動を展開している企業だ。3年前にスタートしたTokyo Designer's Blockは、国内外のデザイナーが東京に集まり、青山や代官山の街全体をデザインのショールームとして活性化する5日間のイベント。世界各国のデザインジャーナリストも集まる。海外から日本にむけたデザインの輸入紹介でなく、デザインをテーマに、東京をコミュニケーションの場に変えようとするプログラムだ。国際会議開催数が減少している東京においては、都が率先して行っても良いようなこの企画を、IDEEは複数企業との協力関係の中、屋台骨となって支えている。そのメインオフィスは、家具をはじめとするデザインプロダクトのショールームであり、3階にカフェとブックストアをいだくサロンである。業務床は4,5階と、各階のショールーム空間に遍在している。このオフィスの3階に、昨年R-project Roomという部屋がつくられた。当初エディターズルームと呼ばれていたこの空間は、同社に関わる大勢のフリーランス・ワーカーのための、ワークおよびコミュニケーション環境として用意されたスペースだ。一般客は入れないようガラスで区切られているが、エレベーターホールの正面にあり、中で打ち合わせている姿は人々に丸見えである。ここではその中で働く人々の姿、つまりワークスタイルも、IDEEが提案する商品の一部分として設計されている。

この場は、私企業の中につくられた一種のパブリック・ドメインである。企業には、収益を上げるためのルーティンワークと同時に、まだ収益には転換しないが将来の自分たちの姿を模索する、つまりWHATを探すためのプロジェクトワークが必要だ。プロジェクト(project)の語源はラテン語のproicereにあり、“前方(pro)になにかを投げかける(icere)”という意味を含む。プロジェクトとは、その仕事を通じて自分たちの新しいイメージを投影する仕事だ。プロジェクトワークというより「プロジェクションワーク」と呼ぶ方が相応しいかもしれない。IDEEのような企業が、硬直化することなく新鮮なイメージ・デザインを提供しつづけている理由は、ルーティンワークと「プロジェクションワーク」のバランスにあると思う。ワークプレイスの再編は、空間軸と時間軸の両方にまたがって展開する。空間軸では通信技術が変革の核となり、時間軸ではプロジェクションワークをめぐるワークスタイルのリデザインが核となる。結果として、都市はあらたな仕事の場に、そしてセンターオフィスもあらたな仕事の場として、ふたたび生まれ直す必要がある。この再編は、時間をかけてじっくり進められることだろう。◆


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