雑誌「一冊の本」(2004/8月号)朝日新聞社
エッセイ

感じること・つくること
西村佳哲


あるピアニストの友人が「最も重要な能力は、演奏力じゃないんだ」という話をしてくれた。なによりも大事なのは、「聴く力」だという。
もし自分が出している音を聴く力が足りなければ、「自分は弾けている」と感じ、同時に演奏力や表現力はそこで上限を迎える。が、聴く力が備わっていれば、「まだ弾けていない」「まだ表現しきれていない」と思える。自分の演奏が、その先へひらかれる可能性が残される。

表現の技能や才能よりも前に、ものごとを感じる力が欠かせないという話。確かに人は、感じている以上のものを表現することができない。料理の上手い人は、味わうことに優れた人であり、人と話を交わすのがうまい人は、なによりもまず相手の言葉に耳を傾け、感応する力に長けていると思う。
創造という言葉は、なにかをつくり出すとか生み出すとか、生産的な行為とむすんで考えられやすい。しかしどんなに創造性が感じられるものも、ある意味で結果に過ぎない。小説にせよデザインにせよ、人を感動させる表現物のもとをたどれば、そのつくり手自身の感動、心が感じて動いた瞬間、あたり前だったものがあたり前で済まなくなった瞬間にゆきつく。いままで見えていなかったものが、見えるようになるとき。聴こえていなかった音が、耳に響きはじめるとき。こうした体験は、大きな喜びをともなう。私たちは、いったいそのなにが嬉しいのだろう。

私たちのリビングワールドという小さな会社で、これまでに、小学生を対象とする三つのワークショップを開催した。

「小さな木をつくろう!」というワークショップでは、世田谷区の子どもたちと真夏日の公園に出かけた。目を閉じて林の中を歩いたり、木に触ってみたり、その実を探し出したり匂いをかいでみたり。丁寧に公園の木を感じた後で、二日目、紙箱の中にそれぞれの木をつくった。

「時間虫めがね」という授業では、ある小学校の教室にカメラを数台持ち込み、様々なものごとの一日の様子を撮影してもらった。カメラにはインターバル撮影機能が付いていて、30秒おきに一日で約3000枚の写真が撮れる。パラパラまんがの要領でこれを映像化すると、植物や雲の成長してゆく様子が900倍の速度で観察できる。時間のスケールをかえて、彼らは教室のカメやクワガタ、プランターのキャベツやきゅうりなどを観察。そして映像から発見したことを自分たちで調べ、互いに発表した。調べたけどわからないことも沢山残された。

「土の10日間」というワークショップは、今年の初夏、ある温室を借り受けた友人のために試作した親子参加のプログラムだ。最初の日、それぞれの親子は、道すがら土を採集してくる。それを植木鉢に移して10日間、温室で水やりをつづけたら、なにが生えてくるだろう。子どもたちは口を揃えて「絶対になにも生えない」と言い張ったが、10日後に再び集まってみると、どの土からもいろんな芽が顔をのぞかせていた。

子どもたちとの時間を通じて、私たちが学んでいることはなんだろう。それは、感じることも・気づくことも・学ぶことも、すべてその人自身の仕事だということ。そんなあたり前のことを、あらためて確認している。
世の中には、誰かがつくった素晴らしいものが沢山ある。映画であったり、洋服であったり、音楽であったり。どれもかけがえのないものだ。が、感性豊かなものが増えることより、感性の豊かな人間が増えることの方が、よほど素晴らしくて価値のあることではないだろうか。

ここ数年、風鈴について考えることが多い。風鈴の面白さは、それそのものの美しさの誇示より、人が環境のうつろいを感じとることを大事にしている点にあると思う。海外のウインドベルの大半は、複数の和音を鳴らす一種のメロディメーカーだが、日本の風鈴のそれは限りなくサイン音に近く「風が吹いている」ということだけを淡々と伝える。その先のことは、人の仕事ととして残されている。

人間の大仕事のひとつは、生きている時間の中で、この世界の豊かさを感じとることにあると思う。ある南の島での旅の最中、海岸に車を停めて夕焼けを眺めていたら、離れたところに他にも同じような人々がいることに気づいた。とくに話を交わすでもなく、ある人は子どもと、ある人は犬と、ある人はひとりで、しずんでゆく夕陽をみな一緒に眺めている。そして日没とともに、みなどこかへ帰っていった。こうした満ち足りた時間に出会うたび、創造性ってなんだろうと思う。くり返しになるが、なにかをつくっているとか独創的であるとか、そうしたことはあまり問題ではない。美しいものが増えることより、美しさに心を開く人が多く育つことの方がよほど大切だ。言い切ってしまえば、私たちは感じるために生きており、生きているということは世界を感じることではないか。

素晴らしいことやかけがえのないことは、私たちの身の回りにすでにある。それに気づくか気づかないか。世界と共感的に生きる力を育むために、なにができるだろう。その辺りのことを、考えつづけてみたい。◆


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