なんのためにつくっている?

昨日、リビングサイエンス・カフェという催しがあった。僕らの仕事をいくつかご紹介して、そのあと会場のみなさんとやりとりを交わす一時間半。

会場からの質問に、「なんのためにつくっているんですか?」というものがあった。
が、僕は「うーん…その話はパス!」と、答えをにごして帰ってきてしまった。
 

どんなことを考えてつくっているのか、という話はできる。このサイトでも、Worksの各ページにはそれを書いている。
でも「なんのために?」という話はむずかしい。
レクチャーなどの場でこの質問に時々出会うのだが、いつも答えがたく、一所懸命に話してみても、たいてい後で落ち着かない気持ちになる。

うーん…と唸りながら帰宅。
会長(猫・8才)と家で待っていたたりほさんに逡巡を伝えたところ、こんなこたえが返ってきた。
 

「歌を歌っている人に、なんのために?…なんて質問は誰もしないよね。
 その質問を、私たちは受けることがある。それは私たちの仕事が、ある人にとっては〈考えて〉やっているように見えやすいんでしょう。
 でも自分たちにしてみたら、歌を歌っている人と、なんら変わらないのにね。」

ほんとうに、その通りだと思う。
 

*上の写真は、kurkkuの展示を見に来てくれた友人の息子さん。2005年の益子展にも来てくれていて、Worksのインデックスにサムネール写真がある。大きくなったなあ!(Photo: Sai Kurita)

by LW 2007/10/10

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