アースクロックの経済学

「藤崎さんに会わせたい人がいるんです。神戸空港ターミナルの社長の森井章二さん。彼に出会って、この空港で何かプロジェクトを是非やりたいと思ったんですよ」

開港日の神戸空港取材の帰り間際、西村佳哲さんがそう言うので、事務室へ訪れる。残念ながら森井さんは席を外していて挨拶はできなかったが、後日インタビューをしてほしいと西村さん。

内心、クライアントのコメントって使えないんだよな、宣伝臭くなったり、ポイントがずれていたり、「アースクロックは、LOHASをテーマとする神戸空港の象徴のひとつです」などと、神戸空港ターミナルのウェブサイトに書かれたコメントを聞いてもなあ……と思っていた。

申し訳ありません。森井さんから実に面白い話を聞くことができました。物事、決して先入観で判断してはいけません。

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開港数ヶ月前の出発ロビー。アースクロック用の工事は滑り込みセーフ

空港はひとつの舞台

森井さんは元・銀行マン。住友信託銀行・京都支店長から神戸空港ターミナルの社長へ転身した。

アートやデザインとは全く関わりのない世界で生きてこられたのかと思いきや、そうではないという。20年前、1986年住信基礎研究所の設立から企画総務部長を務めた。
「バブルさなかですね。銀行が高収益を出していて、社会貢献を積極的にしていた時代で、何か世の中の役に立つ研究をしましょうということでシンクタンクを立ち上げたのです。
研究の中に都市をテーマにしたものがあって、文化芸術関係の方々や学者のお話を聞く機会がありました」

最も印象に残る人物のひとりが、劇作家で評論家、当時『柔らかい個人主義の誕生』という消費文化論の著書が話題だった山崎正和氏だった。
「山崎さんは“都市は舞台だ”とよくおっしゃっていた。それに影響を受けているんですよ。神戸空港をつくるにあたっても、空港はひとつの舞台という意識があった。私たちは舞台の中の1シーンを演出するのだと」

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建築家・栗生明さんと森井社長。このお二人との出会いがコトの始まり

神戸空港旅客ターミナルの設計は梓設計。中部国際空港、新北九州空港などを手がけ、近年の空港設計では抜群の実績の設計事務所だ。
加えて神戸空港のターミナルビルでは栗生明氏が主宰する栗生総合計画事務所が設計監修という形で、デザイン面のサポートを行った。屋上庭園、吹き抜けのスカイコート(光庭)、モノトーンに統一した内装のカラーリングなどは栗生氏の提案だという。

神戸空港にしかないものが欲しい

森井さんと西村さんが最初に会ったのも、栗生氏の事務所だった。

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スケッチより:3mΦの大型LED画面を出発掲示板の横に取り付ける案

EarthClockは当初、LEDディスプレイを使うことを考えたが、コストがかかりすぎるためプロジェクターで投影する方式となった。それでも4,500万円かかった。

「カネがかかる話というのはタブーでした。神戸市に財政的な余裕がなかったですから。
西村さんから神戸ブランドの映像を入れたり、時計に企業ロゴを入れて、スポンサーを集めたらどうだろうかという提案があって、それだったらやってみようと話になったんです」

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スケッチより:時刻時計と地球時計の切り替えタイミングなどの検討メモ

森井さんが事前に、EarthClockのアイデアを1縲怩Q社の経営者に話してみたところ、面白いと好反応が返ってきていた。行けるという感触があった。
「やはり神戸空港にしかないものが欲しい。EarthClockをやるかやらないかは最後まで決まらず、建築工事は進んでいたのですが、僕は絶対にやると言い切って、円形スクリーンのための壁の工事は進めてもらったんです。
ま、取りやめても500万の損やと。とにかく腹をくくりましたね」

結局10社のスポンサーが集まった。
「スポンサーが集まり切らなければ、足りない分はうちの広告宣伝費でカバーしようと考えていました。神戸空港はテレビや新聞などに、一切広告を打っていないんです。広告宣伝費は建物にかけるというのが方針でしたから。
広告宣伝費は5,000万円。搭乗橋やコンコースの植栽はその中から出しました。全額EarthClockに使うのはしんどいけれど、いざとなったら広告宣伝費から捻出しようと考えていたんです」

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プロジェクターの投影を受けて、スクリーンは前に12度傾斜している

減価償却できるパブリックアート?

EarthClockは減価償却する資産である。「5年で元が取れる。つまり5年で償却するように計上しています。ですからスポンサーには5年間つづけてもらうようにお願いしています」
建築物や備品のような資産は、年月を経ると価値が減ると考えられているため、減価償却の対象となる。
しかしいわゆる書画骨董のたぐい、つまり芸術作品は減価償却の対象にはならない。たとえばピカソの絵画の価値は時を経ても失われず、むしろ上がるものだからだ。

つまりEarthClockは帳簿上、アートではない。森井さんはこう付け加える。
「もちろんリビングワールドには意匠権がありますし、特許申請もできます。減価償却は会計処理上のことで、帳簿には記載されない価値がある。EarthClockの価値は5年でなくなるわけではありません」

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地球の回転速度をめぐる関数調整の検算メモ/GKテック・真貝さん

ふ縲怩゙、そこまで聞いてこう思った。これってもしかして、企業の、新しいアートとの付き合い方なのかもしれない。
装飾のための備品として購入した複製絵画と同じレベルのアートではない。オリジナルの価値は消えない、減価償却できるパブリックアートだ。

どおりでリビングワールドの仕事がアートかデザインか、メディアアートか情報デザインか、判断するのが難しいわけだ。森井さんはそれを明快に金融のプロの立場から説明してくれた。
「5年経てば、より鮮明なプロジェクターができているかもしれないし、コンテンツの更新にも予算がかけられる。仮にそれに3,000万円かかるとすれば、それをまた何年かかけて償却していくわけです」

減価償却できるアートの強みは更新可能であることかもしれない。CPUのスピードや映像技術は日進月歩で進化しつづけている。コンピュータテクノロジーを使った作品は、最新技術にアップデートできる用意をしておくのに越したことはない。システムだけでなく経済的環境においても──。

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開港前夜、時計パートの動きを現場で調整中のデザイナー・根本仙弥さん

空港という舞台の中心に何を置くか。バブルの時なら湯水のごとくカネを使って大物アーティストの彫刻や壁画を散りばめただろう。

が、徹底したコストダウンを迫られた状況では、別の解があったわけだ。メディアであり、更新可能で、減価償却の対象になるアート。

EarthClockはアートかデザインか不明で、時計でもあり広告塔でもあり環境映像でもあり、設備でもありソフトウェアであり、地球の一体感や時間とは何かを考えさせるアートでもある。
うん、これってやっぱり、新しい時代のパブリックアートのあり方なのである。(藤崎圭一郎)

by LW 2007/1/29

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